【書評】誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち

久々に熱中して一気に読み切った本。テクノロジーが時代を変えた出来事の象徴と言ってもいいのではないだろうか。ファイル交換ソフト狂乱時代をよく知る人はハマると思います。10代や20代前半はあまりピンとこないかもしれませんね。

物語は「MP3を作った研究者」、「大手レーベルを渡り歩きながら次々とヒットを生み出したエグゼクティブ」、「誰にも知られずアメリカの音楽を流出し続けたCD工場労働者」の3人を軸に展開される。

とあるドイツの研究者が産んだ画期的なテクノロジー、それがオーディオ圧縮技術である。この技術の画期的なところは、人の聴覚特性を利用したことにある。音というのは様々な周波数で構成されるが、人の聴覚はその全てを聞き取って区別しているわけではない。聞き取れる周波数の下限・上限があるだけでなく、脳は人の声など意味論的に重要な音に注目する特性がある。これを逆手にとって人が認知しない音をオーディオデータから除外すれば、データ量を削減、すなわち圧縮することができる。しかし研究者は技術力は素晴らしくてもビジネスマンとしては未熟であったため、MPEG標準化において大手メーカーの戦略により、技術的に不利な譲歩をしなければならなかった。結果、MP3には彼の技術が中途半端な形で採用されることになる(のちにAACで彼の技術が真価を発揮することになる)。MPEG標準で採用されたものの、その後もビジネスとしては芳しくなかったため、普及のためにMP3エンコーダをインターネットで公開したのだった。これに目をつけたのがネットのアングラたちで、CDからMP3にエンコードすることで当時は低速だったネット回線でも送受信することができ、海賊版音楽ファイルの共有が劇的に広がっていったのだった。海賊版音楽ファイルの流出に大きな役割を果たすことになるのが、音楽CD工場に勤務する一人の労働者なのだが、気になる方はぜひ本を読んで欲しい。

ところで私が初めてMP3を知ったのはまだ中学生だった頃、父が嬉しそうにMP3エンコーダを買ってきた時だった。父はほとんど音楽を聞かないのに「これからはMP3の時代だ」とか言ってて、PCに持っているCDをMP3化して入れていたのだった。私は「いちいち聞くのにPC立ち上げるとかめんどくさい」と突っ込んでいたが、ちょうど高校生に上がるときに雑誌でSDカード式のMP3プレーヤを見つけて、これだ!と思ったものの、SDカードの容量はまだ最大でも64MBでせいぜいアルバム一枚入れるが限度だった上に、SDカード自体も数千円と高価で諦めたのだった。少しするとiPodが登場したがやはり高価で諦めてしまった(友人が持ってて憧れたものだ)。折しもWinMXなどのファイル共有ソフト全盛期。しかしその裏で、この本の物語が進行していたと思うと、なんとも感慨深いものがある。